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万里の長城:中国

中国にある万里の長城を紹介します。

万里の長城(ばんりのちょうじょう、チャンチェン)は中華人民共和国にある遺跡。ユネスコの世界遺産(文化遺産)。河北省山海関から、甘粛省まで至り、総延長は6,352kmに及ぶ。その大きさから「月から見える唯一の建造物」とも言われていたが、2004年12月8日に宇宙空間から肉眼で観測することはできないと中国科学院により否定された。しかし、その後国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士が一般的なカメラで撮影したところ万里の長城がはっきりと写っていた。これは天候条件がそろっていたためと思われる。
一般に長城を作ったのは秦の始皇帝だと認識されているが、現存している「万里の長城」の大部分は明代に作られたものである。戦国時代から趙などは北の異民族に備えるために長城を建設していた。また北に備えるだけではなく戦国七雄の国境間にも長城が作られていた。始皇帝は中華を統一した後に中国の中にある長城は取り壊し、北に作られた長城を繋げて大長城としたのである。この時の長城は土製であり、馬や人が乗り越えられなければ良いということで、それほど高い城壁ではなかったという。また現在の物よりかなり北に位置し、その東端は朝鮮半島に及んだ。

宇宙空間から見えるなんてすごい規模ですねぇ。一度いってみたい場所であります。

座標「40.331214,116.485893」

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清水寺 :日本

日本の京都府京都市にある世界遺産の一つ、清水寺を紹介します。

清水寺は法相宗(南都六宗の一)系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つである。また、石山寺(滋賀県大津市)、長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の観音霊場であり、鹿苑寺(金閣寺)、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地で、季節を問わず多くの参詣者が訪れる。古都京都の文化財の一部としてユネスコ世界遺産に登録されている。

清水寺の縁起にはさまざまな伝本があり、『今昔物語集』『扶桑略記』などにも清水寺草創伝承が載せられている。これらによれば、草創縁起は大略次のとおりである。

宝亀9年(778年)、大和国子島寺[1]の僧である延鎮(えんちん)が、夢のお告げで霊泉を訪ねてたどりついたのが、現在の清水寺の建つ音羽山であった。そこにはこの山に篭って数百年も修行を続けているという行叡居士(ぎょうえいこじ)という修行者(観音の化身ともいう)がいた。行叡は「自分はこれから東国へ旅立つので、後を頼む」と言い残し、去っていった。延鎮は、行叡が残していった霊木に観音像を刻み、行叡の旧庵に安置した。これが清水寺の始まりであるという。

座標「34.994835,135.78497」

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イスタンブル歴史地区 :トルコ

世界遺産にも登録されているトルコの最大都市イスタンブルを紹介します。

イスタンブル市(トルコ語: istanbul )は、トルコ共和国西部に位置する都市。ボスポラス海峡をはさんでアジア(アナトリア半島)側とヨーロッパ(トラキア地方)側の両方に拡がっており、2大陸にまたがる大都市である。首都アンカラを上回る同国最大の都市であり、文化・経済の中心となっている。イスタンブル県の県都でもある。2000年の人口は約880万人で、イスタンブル県全体では1000万人を越える。モスクワ、ロンドン、ルール地方、パリに並ぶヨーロッパ屈指の人口規模をもつ。その歴史は長く、かつてのローマ帝国、東ローマ帝国、ラテン帝国、オスマン帝国の首都が置かれていた。イスタンブール歴史地区は世界遺産に登録されている。北緯41度1分7秒、東経28度57分53秒。日本では一般に「イスタンブール」と呼ばれることが多いが、この呼称は正確とは言えない。
日本語ではしばしば「イスタンブール」と表記されるが、標準トルコ語の発音では最後の音節は長母音化されないので、発音により忠実に「イスタンブル」と表記されることも多い(高等学校の世界史はその代表例で、「イスタンブール」という表記は一切使われない)。

いままで「イスタンブール」だと思ってました^^;また、トルコの首都と思われがちですが、トルコの首都はアンカラで、イスタンブールではありません。

イスタンブールは治安が悪いみたいなので旅行の際は気をつけましょう。

座標:「41.012379, 28.975926」

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エフェソスの遺跡 :トルコ

おすすめの旅行先、トルコの名所であるエフェソスの遺跡を紹介します。

エフェソス(英語:Ephesos/Ephesus, ギリシャ語:?Έφεσος, 古典ギリシア語読みではエペソス、エフェソ、エペソとも表記、現在はトルコ語でエフェス Efes とも呼ばれる)は現在のトルコ西部に位置する小アジアの古代の都市である。アルテミス崇拝で知られたギリシア人都市である。現在は遺跡が残っている。もとは港湾都市であったが、土砂の堆積により現在は海岸から離れている。

エフェソスの最初の住民はギリシア人ではなく、リュディア人だったと考えられている。ヒッタイト人の文献に登場するアルザワ王国都市アパサがエフェソスと同一の都市であると多くの者が考えている。発掘からはミュケナイ文化に属する陶器が見つかっている。

古典期のエフェソスはアルテミス崇拝で著名であった。エペソスでは比較的遅くまで王政が敷かれた。哲学者ヘラクレイトスはこの町の出身である。

紀元前356年、エペソスのアルテミス神殿に放火すれば後世に名が残ると考え放火したものがおり、このとき神殿は完全に焼尽した。エペソスの市民は記録にこの男の名を留めまいとしてあらゆる公的記録からその名を削ったが、この試みは失敗し、ヘロスタトスという名が伝わっている。アルテミス神殿は再建され、世界の七不思議の一つに数えられた。

世界七不思のひとつに挙げられるアルテミス神殿がある古代ギリシア都市です。これほどすばらしい遺跡なのに世界遺産としてまだ登録されていないそうです。古代の劇場やトイレなど見所がたくさんあります。

 

座標:「37.952861,27.36557」

Ephesos.jpg

 

 

 

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